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鳥の海の干拓(とりのうみのかんたく)

詳細情報

番号 1859 種別 伝説

  大分類 中分類 小分類 番号
日本伝説名彙 坂・峠・山の部 屋敷・城跡(屋・田・村・森・畑・原) - -
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世間話 - - - -
AT分類 -

執筆者名 黒沢せいこ 編者名 はたはた編集部
書名・誌名 横手盆地のむかしっこ
書名(全集名等) - 巻・号 -
発行所 はたはた編集部
発行年月日 平成14年4月20日 発行年(西暦) 2002年4月20日
所蔵先 秋田県立図書館
開始頁 138 終了頁 140
文体 方言
冒頭文 むが~し、昔。
結末文 とっぴんぱらりのぷう。

あらすじ 昔、横手辺りは湖で鳥の海と呼ばれていた。雨の季節になれば大きな鮭の群れが表れ、それを追って数多くの鳥が来るので「鳥の海」と呼ばれていた。ある時、栗駒山のむこう、松島のほうから塩釜神社に祀られた塩釜大明神の子孫、明永長者、明保長者という2人の兄弟が雄勝の山を越えやって来た。兄の明永長者が病に倒れたため、2人は近隣の民家に助けを求めた。その家の娘の献身的な看護のおかげで明永長者は快復した明永長者はお礼に小袖を送り、それいらいその村を袖山(山内村外山)と言う。二人の長者はここを田畑にすることを考えた。そこで水上浦に祭壇を建て、7日間祭りを続けた。祭りが終わると二人の長者はやぐらに立ち、干拓し、広い田畑を作ろうと呼びかけた。皆賛成し、まず仙北から河辺の西の山を崩し穴を掘った。鳥の海の水は勢いよく海に流れ出した。二人の長者は次に田畑の作り方を教えた。そのお陰で米や麦が実り、横手の平野は栄えていった。二人の長者は御嶽山に登り、私たちの魂はずっとこの山に留まる、と村の人と約束し、神酒を振る舞い神楽を奉納した。この干拓のさい、一人の巨人が水をかいて助けた。だいだらぼっちと言い、太平山の三吉さんの化身と言われている。
追記 -
その他 -

地域(原文に書かれている地域名) 横手
地域(現地名) 橫手市
史跡等 -

音声データ - 音声収録年月日 - 音声収録年(西暦) -
話者名 - 話者情報 -

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