文字サイズ 縮小 標準 拡大
 

鳥の海の干拓(とりのうみのかんたく)

詳細情報

番号 1881 種別 伝説

  大分類 中分類 小分類 番号
日本伝説名彙 坂・峠・山の部 屋敷・城跡(屋・田・村・森・畑・原) - -
日本伝説大系 - - - -
日本昔話名彙 - - - -
日本昔話大成 - - - -
日本昔話通観 - - - -
世間話 - - - -
AT分類 -

執筆者名 高橋はじめ 編者名 -
書名・誌名 雪ふる里の昔語り「むがしこあったぞん」
書名(全集名等) - 巻・号 -
発行所 秋田むがしこ塾
発行年月日 - 発行年(西暦) 2003年
所蔵先 秋田県立図書館
開始頁 82 終了頁 82
文体 方言
冒頭文 私たちの住む横手盆地は、むかし大きな湖で鳥の海と呼ばれていました。
結末文 御嶽山から流れる杉沢川、吉沢川を水路として開拓するため、四十八の仕事小屋を設けた場所の名残だそうです。

あらすじ 横手盆地は昔大きな湖で、鳥の海と呼ばれていた。大昔旅をしてきた明永長者と明保長者の兄弟が、御嶽山の麓から湖面を眺め、湖から水の流れ落ちる場所を切り通すと平地になり田畑を作れる、と考え、水の流れ落ちる場所、現在の川辺郡雄和町にたどり着いた。祭壇を作り、神様に干拓の無事をお祈りし、何年も掛けて干拓を進めた。明保長者の考えで泥を分けるよう川を通すと、水は一気に流れ、広い平地、今の川辺郡、平鹿郡、雄勝郡にまたがる横手盆地が誕生した。明永長者と明保長者は、農作物の作り方を教えたので、農業が盛んになり、その後満徳長者と地福長者が盆地に用水路を作った。横手市の小屋の着く地名は、長者が御嶽山から流れる杉沢川、吉沢川を水路とし干拓するため、仕事小屋を設けた名残。
追記 -
その他 -

地域(原文に書かれている地域名) -
地域(現地名) 橫手市
史跡等 -

音声データ - 音声収録年月日 - 音声収録年(西暦) -
話者名 - 話者情報 -

PDF -